1年がたったのだ!
ってことで、今日で東日本大震災からちょうど1年がたったのだ。
地元では、総合避難訓練が行われるが、参加せずアパートで過ごすことに…
亡くなった方々へ黙祷![]()
「復興」はまだまだ進んでいないが、一歩ずつ前に進むしかないのだ![]()
ってことで、今日で東日本大震災からちょうど1年がたったのだ。
地元では、総合避難訓練が行われるが、参加せずアパートで過ごすことに…
亡くなった方々へ黙祷![]()
「復興」はまだまだ進んでいないが、一歩ずつ前に進むしかないのだ![]()
ってことで、今日は大晦日。![]()
アパートの大掃除を終えて、一息。
今年1年を振り返って、主な出来事や購入した物件を再確認してみたのだ。
1月…実家の闘病中の母親が死去
2月…TOSHIBA dynabook T350/34AR(長男用PC)購入
Wi-Fi WALKER DATA05購入
3月…3DS購入
東日本大震災発生、福島第1原発メルトダウン
4月…長男が大学へ入学
6月…MiniPad 購入
PS3(中古)購入
7月…hp 12c platinum購入
シグマリオンIII(中古)購入
7~9月…PSION 5 2台(フランス語版と英語版、中古)、5mx 1台(英語版、中古)購入
9月…PEG-UX50(中古)購入
10月…スティーブ・ジョブズ死去
海外(タイ)で大洪水
hp 16c(中古、輸入品)購入
hp 12c 金融電卓 30周年記念限定モデル購入
10~11月…中古物件購入
hp 95LX 1MB 本体(英語版、中古、輸入品)
hp 48G マニュアル(英語版、中古、輸入品)
hp 200LX ユーザーズガイド/クイックスタートガイド(日本語版、中古)
hp 95LX マニュアル(英語版、中古、輸入品)
hp 200LX 1MB 本体、シリアルケーブル、マニュアル(英語版、中古、輸入品)
hp OmniGo 100 1MB 本体、マニュアル(英語版、中古、輸入品)
12月…PS Vita Wi-Fiモデル購入
hp 15c関数電卓 復刻版 限定モデル購入
特に、1月と3月は、忘れない出来事になってしまったのだ。
また、夏以降はレトロ物件の購入が激化…
大震災の影響か、
「今この時に、レトロ物件の実物をこの手にしておきたい…」
という想いから、かなりな大人買いになってしまったようなのだ。
今年は、自然災害(地震、洪水)や原発という大きな問題に翻弄された一年だったのだ。
来年は、少しでも「良いこと」があるように祈っているのだ。![]()
久々のブログ更新…
今回の震災についての記録をここに残しておくのだ。
地震発生当日は、なるべくリアルタイムに。
その後は、日記調で…とりあえず「3月27日」まで。
まだ、福島原発の状態が落ち着かないが、記憶が薄れる前に…。
後日、
「あの時は、本当に大変だったなあ~」
と話せることを祈りながら…
===========================
【平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(東北関東大震災)に関する記録】
■3月11日(金)…地震発生当日
私は休暇の為、在宅。
長女は大学の春休み中。
長男は高校卒業式を終え、大学入学の為引っ越し準備中。
次男は先週完成した体育館竣工式の代休で授業は休講、朝から部活の為、お弁当持参で中学校へ。
私、カミサン、長女、長男はアパート(5階)で昼食を済ませた。
・13時30分過ぎ
長女が、朝からしきりに「外に行きたい!」と騒いでいたので、カミサンの軽自動車で長男のみを残し3人(私、カミサン、長女)で近所の中古本屋へ寄り、長女のみを下ろす。
その後、私とカミサンは同市内のカミサンの実家へ移動。
カミサンの両親と世間話をした後、買い物へ近所のスーパーへ移動。
・14時46分頃…地震発生
スーパーへ移動中、長男の卒業した高校下の交差点で黄色信号になり、軽自動車を減速したちょうどその時…車が急に横揺れした。
震源地:三陸沖、マグニチュード8.4→後日9.0に修正、最大震度7
私の住んでいる市では、「震度6強」を記録した。
私とカミサンは揺れる車の中で、
・目の前の信号機が消え(=停電)
・電柱と電線が横に波打ち
・交差点角のコンビニから店員と客がよたりながら店の外へ脱出
という光景をまるでスローモーションのように見ていた。
カミサン「何、何!!どうしようー!車から出るっ!」
私「ダメだ!外に出ると危険!揺れが治まるまで待つんだっ!」
カミサン「子供達が大変だっ!」
私「まず、長女へメールしてっ!」
カミサン「C メールが届かないっ!」
私「じゃあ、E メールでっ!」
揺れる車の中で、パニックを起こした思考能力をフル回転させた。
巨大地震の後は津波…
しかし、私の住んでいる市はほとんどが平地の為、子供達が居る場所が全て危険地帯になっている。
私「先ずは、じいちゃんとばあちゃんの確認だ!」
まだ小さな揺れが続く中、信号機の消えた交差点を曲がって軽自動車をカミサンの実家へ移動させた。
カミサン「次男は中学校だから、多分大丈夫だよね!長女が本棚に押しつぶされているかも!長男がアパート(5F)だから…」
私「もう、携帯が使えなくなるかも知れない…何とか長女と連絡が取れないか?」
走る車中から、近所の墓地が見えた…倒れた墓石が。
崩れた塀、ひび割れた路面…
かろうじて倒れた電柱は無かった。
そしてカミサンの実家に到着。
カミサンが車から降りて、じいちゃんとばあちゃんの生存を確認した。
カミサン「ガスの元栓を閉めて、家の中に避難していてっ!」
と、ばあちゃんに叫んでまた車に乗り込んだ。
次は、長女の救出…
カミサンの実家から中古本屋へは、JR の踏切を渡らなければならない。
その踏切を目指したが、車が渋滞中…
渋滞の車の先に、踏切の遮断機が閉まったままになっているのが見えた。
私「停電で踏切が機能していないのかも知れない…」
カミサン「これじゃあ、線路の向こう側に行けないよ!」
後でわかったことだが、ちょうど地震が発生した時刻に踏み切りを渡る特急列車があり、緊急停車した影響で遮断機が下りたままになっていたらしい。
そこで、踏切をあきらめ車をU ターン…近くの陸橋を目指した。
私「この地震の影響で陸橋が通行止めになっていたら大変だ!」
カミサン「!!…長女からE メールが来たっ!店の外に脱出したって!」
何とか長女と連絡が付いたが、まだ長男と連絡が付かない。
しばらくして陸橋が見えた。
陸橋は、まだ通行止めになっていなかった。
しかし、陸橋を走行中にも余震が続いており、一部約5 cm程の段差もあったが、一気に通り抜けた。
陸橋を渡り終え、国道に出た。
そして、中古本屋へ到着…長女と再会できた。
長女を車に乗せて、中学校へ移動した。
道路は特に渋滞は無かった。
私「アパートがどうなっているのかわからないから、次男と合流してそのまま中学校に避難していてっ!」
カミサン「わかった」
中学校の裏庭に着いて、車中にカミサンと長女を残し、私は一人でアパートへ走った。
最悪、津波が来ても校舎の4階に上がれば助かる確率が高い…。
中学校のグラウンドを見た時、避難している次男と部活の生徒&先生と再会。
先生から「揺れが落ち着いてから校舎へ避難する」と聞いた。
中学校から約400m 程離れた所にあるアパート。
手前のアパートを横切った時、足下の地面に亀裂を見つけた…
すると、中学校で待っていたはずのカミサンの軽自動車が走って来た。
長男の安否が心配で、次男をそのままにして来たのだ。
アパートの階段を一気に駆け上った。
長女をそのまま車中に残し、遅れてカミサンも上ってきた。
5F までの階段は長かった。
特に階段に異常はなかった。
ようやく5F にたどり着いた。
玄関のドアを開けた。
下駄箱の靴が散乱していて。
玄関の前の短い廊下には、準備を進めていた長男の引っ越し荷物が散乱していた。
私「オーイっ!!大丈夫か-!返事しろー!」
カミサン「大丈夫ー!」
私は長男の名前を叫びながら、土足のままで廊下からダイニングへ移動した。
ダイニングの入り口にあった食器棚から多くの食器が床に散乱し、そして割れていた。
冷蔵庫のドアが全て開いていた。
その隣にあった電子レンジが床に転がっていた。
ガステーブルがずれ落ち、ガスホースだけでぶら下がっていた。
私「オーイっ!」
長男「…大丈夫だよっ!」
長男の声が聞こえた。
キッチンを抜けて居間を見て、ようやく長男の姿を確認した。
長男は、居間の隅にあるテレビ台の上に腰掛けていた。
私「ケガはない?」
長男「大丈夫」
カミサン「良かった」
私「早く、ここを出て中学校に移動するんだっ!」
ふと、長男の足を見ると裸足のまま。
寒い冬でも、室内ではいつも裸足の長男…靴下を探す余裕は無い。
私「玄関から靴を持って来て!」
カミサンに長男の靴を持ってきてもらい、長男に履かせて部屋を出た。
出る途中、居間の状況を見た。
かろうじて、居間には大きな家具が無かったのが幸いした。
倒れたのは、ゲーム機専用の液晶TVと段積みしていたカラーボックス(本棚)のみ。
Xbox 360 本体とその上に積んでいたPS3 本体はかろうじて棚の上に乗っていた。
後日、部屋の中を確認した所、
・食器棚が手前に約15cm 程移動
・廊下にあった本棚が横に30cm 程移動
・長男と次男の部屋のタンス上部の荷物が全て落下
と、落下防止策が無いものは全てが散乱していた。
3人でアパートの階段を降りた。
このまま、軽自動車で移動すべきか…
しかし、軽自動車のガソリンが残り少ないことがわかったので、徒歩で移動することに決めた。
軽自動車から長女を降ろして、4人で次男の待つ中学校へ移動した。
中学校のグラウンドに戻ると、近所の住民や保育園の園児も避難してきた。
やっと家族全員がそろった。
先生「とりあえず、体育館に全員避難しましょう!」
先生の指示に従い、先週完成した体育館に移動した。
体育館の入り口に近づいた。
次男「体育館の周りを見てっ!体育館で部活していた女子バレー部の部員が避難して泣いていたのは、あれを見たからかな?」
新築した体育館の周りを見ると、大きな地割れと段差が見えた。
皆「…(絶句)」
まだ周辺の地盤が固まっていないこともあるだろうが、想像以上の地割れと段差だった。
カミサン「この体育館に避難して大丈夫?」
確かに不安になった…が、とりあえず家族といっしょに体育館の中に入った。
体育館の中には急遽用意したブルーシートが敷かれていた。
土足で室内に入り角へ移動した。
折りたたみイスが配布されたのでとりあえず一服。
その時、また余震が…体育館全体が軋んだ。
カミサン「この体育館で本当に安全なのかしら…?」
すると、先生から
「津波警報が出たので、4階建て校舎の方へ移動して下さい!」
と。
休む暇もなく、4階建て校舎へ移動…
体育館から、渡り廊下を利用して4階建て校舎へ。
避難していた人の中には、高齢者も目立っていた。
4階の教室にようやくたどり着いた。
中学生用の小さなイスに座った。
生徒達が先生の指示に従い、ガラスが付いている引き戸や廊下の窓ガラスを取り外し始めた。
そんな中で、何度も余震が続いていた。
カミサン「4階の高さで津波は大丈夫なの?」
そんな疑問を、避難していたみんなが思っていた。
地震発生から私の住む市に「津波が来る予想時刻が15時30分頃になる」と、生徒が知らせてくれた。
恐らく、先生が携帯かラジオか情報を収集していたらしい。
しかし、予想時刻になっても特に変化が無かった。
すると、今度は「津波予想時刻が16時過ぎに変更になった」と、また生徒が知らせてくれた。
「津波は本当に来るのか?」
そんなことを考えていると、あちらこちらからウワサ話が聞こえてきた。
「すごい津波が東北に来たらしい。」
「ここにも大きな津波が来るかも?」
すると、今度は「この校舎(4階建て)は古いので、新校舎(3階建て)に移動して下さい」と連絡が…
また、階段を下りて、新校舎の3階へ移動した。
移動した先は、美術室だった。
既に避難していた人がいて、机を窓際に寄せてあり、イスだけが並べてあった。
津波予想時刻を過ぎても、特に変化は無かった。
後で知ったことだが、私の住んでいる市の津波被害は、2カ所の河川が津波で逆流し、氾濫した川の水で床下・床上浸水した家屋があったそうだ。
17時を過ぎると、外が暗くなってきた。
学校の先生以外に市の職員や消防署員が徐々に増えてきた。
各教室に懐中電灯が1ヶ配布された。
その懐中電灯を天井に向けて立てることにより、教室全体が明るくなった。
その後、石油ストーブが1台運ばれて来た。
しかし、1台だけで広い教室はなかなか暖まらない。
市の職員?「毛布が届きましたが、数が少なく各教室に5枚しかありません。お年寄りや子供を優先して下さい。」
私たちの避難した美術室には、少なくとも40人程いる…
当然、毛布はもらえない。
次男「このまま学校に泊まるのかな?」
私「まだ余震が続いているし…アパートには戻れないよ」
そんな不安なままで20時を回った。
市の職員?「遅くなりました。これから夕食を配りますが、数に限りがあります。一人当たり乾パン1枚と水1本(=ペットボトル)になります。」
皆「…乾パン1枚だけ???」
配られた乾パンは、1パック5枚入り…それを5人で1枚づつ。
カミサン「無いよりマシだよね」
と、固い乾パンを少しづつ食べ始めた。
…この乾パン、本当に固い。
非常食の準備が少なかったのか、避難人数が多すぎたのか?
皆、無言で固い乾パンを食べた。
当然、お腹を満たす量ではない。
その後、数本のろうそくが灯り、暗い教室が少しだけ明るくなった。
それでも、時間が経てばろうそくは消えてしまう。
相変わらず余震が続く…寒さと暗い中で時間は過ぎた。
突然、窓から明かりが入ってきた。
消防団が非常用ライトをグラウンドから避難している教室を照らしてくれたのだ。
明るいだけで、少しだけ暖かい気持ちになった。
しかし、まだ3月上旬…時間が経つにつれて寒さが厳しくなってきた。
持参した毛布を床に敷いて、寝始める人もいた。
私たち家族は、ダウンジャケット(次男のみ上下ウィンドブレーカー)を着ていたので、まだ少しだけ寒さを防ぐことができた。
そろそろ眠くなるも、寒さと余震ですぐ目が覚める。
私「久々の徹夜になるかも?」
そんな心配をしながら、避難所初日の夜を迎えた。
余震は、相変わらず続いた。
ウトウトしながら、冷たいイスの上で半分徹夜状態。
長男は、教室の机が並べている所にそのままで横になり、眠りについた。
…が、布団の無い机の上は、とても眠れるものではない。
私も試してみたが、全身の熱が机に奪われて、とても眠れない。
…これから、どうなるのか???
そんな不安を、避難した全員が思っていた。
■3月12日(土)…地震から2日目
朝食は、昨夜と同じく乾パン1枚+ペットボトル(水)のみ。
アパートの知り合いが一度アパートへ行くとのことで、その車に乗せてもらい、車を中学校へ移動。
家族全員で次男の中学校から、避難所=A中学校体育館へ移動。
カミサンの両親と再会し、そのまま避難所生活を続行。
ここの避難所で初めての昼食…バナナ1本+ペットボトル(水)のみ。
乾パンよりもバナナの方がおいしかったが、今後の食事に一抹の不安が…
外部情報の無い中で、徒歩でスーパーS(A店)に行くも閉店。
近所の八百屋でペットボトル(お茶)と、飴をゲット。
ここの避難所(=体育館)は、初日の教室よりも広い為、当然寒さが厳しい…
概算でも100人以上が避難していた。
トイレは、体育館脇にあるプール用のトイレを使用…しかし、断水状態なのでプールの水をバケツに用意して、自分で流す必要がある。
老人や子供用に力のある人が、事前にバケツに水を用意する必要がある。
ボランティアはまだいないので、避難者の中で動ける人が…。
そして夕食…冷たいおにぎり+ペットボトル(水)のみ。
ようやくご飯にありつけたが、冷たいおにぎりとは…
おまけに、「具無し+塩味無し」だった。
後から思えば、津波の直撃があった東北地方に比べれば、まだマシだった。
夜は、少しのロウソクの明かりのみ。
2日目の夜は、寒さと近くに寝ていた避難者(私よりも年上?)の大きなイビキで、初日同様に寝不足に。
■3月13日(日)…地震から3日目
A中学校体育館で2泊目。
車でスーパーS(T店)に行き、ソーセージやふりかけ、おやつをゲット。
帰りに会社の外回りを確認に。
ゲットしたふりかけは、以降のおにぎりに大活躍…味があることに感動。
■3月14日(月)…地震から4日目
A中学校体育館3泊目。
午後当たりから携帯電話の電波が届かなくなる。
恐らく、中継アンテナ用バッテリが切れた影響か?
と、言っても地震発生から携帯電話の通話は、ほとんど使用不可…E メールやネットサーフィンがギリギリできる程度。
そんな環境で、外部情報が何も無いことに、避難者は不安だけを感じていた。
IS03 でバッテリを節約しながらYahoo ニュースを見ていたが、東北地方のニュースばかりで、近隣の情報はほぼ皆無…。
夕方、避難していた体育館周辺地区で電気が復旧…体育館の避難口のライトが点灯。
日没後に、天井のライトが点灯した際に避難者達から自然と拍手が。
明かりがあることが、少しだけ不安感を減らしてくれた。
既にIS03 のバッテリが無くなる寸前だったが、体育館のコンセントが不足している為、一人当たり10分程度しか充電できない。
■3月15日(火)…地震から5日目
A中学校体育館4泊目。
会社で一部出勤要請があるも私はパス。
会社から「20日まで自宅待機」と指示有り。
ガソリンが給油制限になっているとの情報有り。
市内の一部で断水が復旧し始める。
そろそろカミサンの実家周辺で電気が復旧するかも?との情報有り。
カミサンの両親や子供達の疲労がピークに達していたので、そろそろ限界か?
■3月16日(水)…地震から6日目
カミサンの実家周辺の電気が復旧したとの情報有り。
午前中に私だけ現地確認に…電気・電話・井戸水が復旧していた。
また、会社で緊急出荷の要請あるも私はパス。
午後にカミサンの両親と家族全員がカミサンの実家へ移動。
私と長女が、気分転換と食料調達の為、徒歩で外出。
スーパーTで「一人5点の買い物」→パス。
スーパーEも長蛇の列でパス。
国道はガソリン渋滞。
夕方、一時水道が復旧するもまた断水。
■3月17日(木)…地震から7日目
避難所での疲れがどっと出て、カミサンの実家でひきこもり。
ようやく水道が復旧…ガス屋さんにガス漏れ確認を依頼し、ガスの使用可能を確認。
お風呂(灯油)も利用可能なことを確認し、1週間ぶりにお風呂へ。
連日の福島原発のニュースが不安。
■3月18日(金)…地震から8日目
この日も国道がガソリン渋滞…地震発生からまだ一度もガソリン補給ができていない。
早朝から私と次男が近所のスーパーEへ…2時間並んで食料(震災から初の野菜)をゲット。
会社から「22日まで自宅待機」に延長指示のメール有り。
■3月19日(土)…地震から9日目
私が、7時間並んでガソリン(20L)をゲット。
義兄から食料の差し入れ有り。
夜、じいちゃんが発熱で救急搬送。
避難所生活の疲れの影響か?
■3月20日(日)…地震から10日目
朝、じいちゃんを病院へ…その帰りにコンビニで食料(震災から初のヨーグルト)ゲット。
アパート掃除開始。
一時、通水するもまた断水。
■3月21日(月)…地震から11日目
アパート掃除2日目。
■3月22日(火)…地震から12日目
アパート掃除3日目。
長男の引っ越し荷物の準備…長男の大学は、今回の震災の影響が無いので、入学式は予定通り。
■3月23日(水)…地震から13日目
今日から会社へ…ほぼ全員が出勤。
いつものラジオ体操は、福島原発が落ち着くまでは一時休止。
事務処理の作業が山積み&大量の出荷業務で20時過ぎまで残業。
カミサンはアパート掃除4日目。
■3月24日(木)…地震から14日目
会社再開2日目。
工場生産の再開については、来週開始を目処に調整中。
心配なのは、原材料メーカーの一部で生産停止や減産。
特に、石油関連材料の調達がどうなるのか???
長男の引っ越し荷物を運送業者へ引き渡し。
■3月25日(金)…地震から15日目
今日は、休暇…午前中は義父の通院送迎。
昼食前に、会社の従業員のお母さんの葬儀へ…今回の震災の翌日に亡くなった。
■3月26日(土)…地震から16日目
朝、5時起床でガソリン供給へ出発。
1件目…300名限定整理券配布で、約10名程前で売り切れ。
2件目…既に長蛇の列の為、渋滞状態→パス。
ようやく、スーパーの食料品が潤沢になってきたと思っても、まだガソリン供給が追いついていない。
当然、福島原発の影響も原因のひとつと思われる。
政府や関係機関、TV各社や評論家の「消費者心理を無視した」報道なども要因だろう。
東北地方だけが被災地ではない…そんな叫びはわがままなのだろうか?
■3月27日(日)…地震から17日目
長男の大学入学の為、移動方法を当初の予定から大幅変更。
私の住んでいる市から空港までの移動手段であるJRが、震災の影響で未だ不通。
そこで、高速バスを候補に考えたが、こちらも運休状態。
やむなく、タクシーで空港まで直接移動することに。
飛行機は震災前に予約済みで3月29日(火)に出発。
当日の移動は、リスクがあるので前日=3月28日(月)に空港近くのホテルへ。
そこで一泊してから飛行機に乗ることに。
タクシー料金は、とんでもない運賃になるが…仕方ない。
で、今回のお題(?)は、
「捨てる勇気」と「買う衝動」は比例するか?
別に哲学を言うつもりは無いが、この比較は実に考えるものがあるのだ。
自分は、結構マニアックに収集してしまうクセがあるんだけど、「買う」からには保管(=保存)する場所が必要になる訳で、結局古くて飽きてしまった物を捨てる(又は売る)ことを先に行ってから「買う」ことにしているのだ。
よって、「買う」前に「捨てる」ことで、物理的な保管場所は最低限ですむことになるのだ。
しかし、カミサンの場合、この法則が成り立っていないのだ。
ようは、「買う」前に「捨てようか迷うがとりあえず残しておく」ことによって、保管場所はすぐに満タン状態・・・
冷蔵庫や保存食を置くスペースが、なぜかいつもイッパイなのに、また新しい物(食料)を買ってしまうのだ。
まぁ、安い時に買いだめすることには反対しないが、賞味期限切れの物をそのままにしておくのはどうしたものか。
で、先週は冷蔵庫を、そして今日は保存食スペースを整理したのだ。
【冷蔵庫の長期在庫品】
・ヨーグルトについてきた砂糖=これはオリゴ糖を使っていた時に残ってしまった砂糖なんだけど、後で何かに使おうと思って残したらしいが、結局未使用で長期在庫。
・子供の薬(カゼ薬か?)=病院にかかった時の薬を全部飲みきる前に完治した時の残りなんだけど、後で同じ症状になった時に使う予定だったようだが、さすがに古いものは危険性が高いので意味がない。
【保存食スペースの長期在庫品】
・きなこ=お正月は田舎からもちが大量に送られてくるので、多めに買っていたらしいのだが、保管場所の引き出しを間違ったらしく、3カ所に置いていた為に長期在庫。
・ゴマ=いろいろな料理にゴマを使うんだけど、きなこと同様に保管場所が分散されてしまい、大量に在庫。
・そば&うどん&スパゲッティ=なぜか開封済みのものが2袋もあって、かつ保管場所分散で大量在庫。
結局、賞味期限を確認し大量処分して保管スペースも確保できて整理終了。
引き続き、本棚も整理。
古い本を処分しようと本棚から取り出したら「ゴキちゃん」がっっっっっつ!!!
そして、何やら「黒い異物?」がっっっっっつ!!!
・・・結構掃除はまめにしてるんだけど、本棚ってめったに掃除しない。
結局、そんな場所が「ゴキちゃん」の住み家となっていたようなのだ。
残るは押し入れ・・・
これは、カミサンの仕事として残しておくのだ。
で、今日の教訓・・・
「買う前に、捨てる勇気が、ゴキ退治」
・・・なんだかな。
連休2日目は、久しぶりに家族全員でドライブへ。
と言っても、子供たちの共通の目的地はなかなか見つからないので、強引に笠間市へ・・・
ちょうど「ひまつり」の最終日ってことで、せっかくだから笠間焼きの茶碗でもお土産にと思ったが、結構高い値段であきらめかけていたら、ようやくひとつ500円の茶碗をみつけてゲット。
でも5つセットはさすがに無くて、結局2つ、2つ、1つ(これだけ400円)の構成になってしまったのだ。
まぁ、ひとつ1,000円以上が当たり前の茶碗を半額以下で購入できたから、高速料金込みでも安上がりってことなのだ。
そして、おまけは「石の百年館」へ。
すっごくマイナーな所で、稲田石っていう花こう岩の資料館なんだけど・・・
はっきり言って、オススメできません。
で、往復180キロのドライブを終えて、夕食後の食器を洗っていたら【悲劇】が・・・
休日の食器洗いは、私の気分転換(カミサンの休養を兼ねて)なんだけど、長男の食器を洗おうとテーブルから移動する時に、どんぶりの上に重ねてあった茶碗が少しずれたかと思ったら突然割れて、そのまま落下っっっっつ!!!
この衝撃で長男の茶碗は、ほぼ跡形も無く粉々に。
で、どんぶりは何とか無事。
すると、粉々の茶碗に赤いものが・・・
これって・・・血???
ピンポーン!正解です。
ゴム手袋の右手から、血がしたたり落ちているのだ。
急いで、ゴム手袋をはずしてみると、右手小指の付け根部分から出血っっっつ!
傷をおった私よりも、カミサンが動揺しちゃって。
で、なかなか血が止まらなくてちょっとあせったけど、
・心臓よりも傷口を高くする
・手首(肘)の血管を押さえる
ことで、ようやく治まったのだ。
で、傷口を見てみると・・・皮が無いっっっっつ!!!
どうも、茶碗の鋭利な部分できれいに(?)けずり取られてしまったのだ。
消毒してカーゼで処置完了。
しかし、数分でカーゼは真っ赤っか。
再度、止血を試みて何とか処置完了。
その夜はお風呂をパスすることになったんで、Xbox 360 でゲームを楽しんでいたら、またまたガーゼが真っ赤っか。
カミサンからゲーム禁止令が発令されて、その夜は早い就寝。
で、翌日はほぼ傷口からの出血も無く、少しずつ回復しているのだ。
それにしても、皮はどこに消えてしまったのだろうか?
多分、ゴム手袋の中かな???
ムゲン合体は無限・・・
と言う事で、長男が「獣基合体ムゲンヘラクレス」をゲットしたのだ。
今回はなんとムゲンロイド+ターボロイドが各1体付きっっつ!!!
今までのムゲンベースシリーズよりもお買い得なのだ。
ってことで、10月1日付けで管理職の仲間入りになってしまったのだ。
給料は残業しなければ以前より高くなったけど、月間で約40時間の時間外手当は【ゼロ】に・・・
・・・正直、ウレシクナイ。
で、やっと本日=10月2日、日曜日の日記。
木曜日から体調を崩していた長男もやっと復活したのだ。
で、一応長男は留守番で他は隣町へ。
長女をデパートへ降ろして、残りはプールへ行き、約1時間30分の水泳を楽しんだのだ。
私は前回から25mをノンストップで泳げるようになり、なんと今日は合計5回も泳げたのだ。
カミサンと次男は息つぎが不十分なので、まだまだ練習が必要なのだ。
夫婦共通の趣味=水泳になるかな?
9月29日、木曜日の日記。
明日は上半期の棚卸しなのだ。
しかし、工場は通常通り稼働・・・
いつものことなんだけど、さすがに今回は従来と異なってかなり棚卸し作業に時間がかかりそうなのだ。
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